スマスマでいじめ特集放映中
している訳ですが、何をいまさら、と思わないこともないです。前からあった問題なわけで今更さわぐべきことのなのか良くわかりません。ただのブームじゃないか?という思いがちょっとあります。そもそもいじめなんて人間が猿の頃からやってる、むちゃ本能的な行為ですわ。猿の頃から収まってないものが今更収まる訳が無いし、それこそDNAの改造でもしないと無理なんじゃないでしょうか。
している訳ですが、何をいまさら、と思わないこともないです。前からあった問題なわけで今更さわぐべきことのなのか良くわかりません。ただのブームじゃないか?という思いがちょっとあります。そもそもいじめなんて人間が猿の頃からやってる、むちゃ本能的な行為ですわ。猿の頃から収まってないものが今更収まる訳が無いし、それこそDNAの改造でもしないと無理なんじゃないでしょうか。
私には変にいろいろな不安があります。そんな時私は、近視眼的な視点を持つことで不安を振り払います。
というのが「行列のできる法律相談所SP」でやってまして、その評価をオカマ四人で行ったところ、 3:1で女のほうが理想が高い、となってました。
その理由の一つとしてIKKOさんが「女は男に自分より上にあって欲しいから」といい、 うちの母がその意見の補足として「妻として夫を尊敬出来なければやっていけない」 ということを言ってました。
俺を尊敬する女の人なんているわけないだろと、自分の婚期を心配する次第です。
こんな物質があるんです。皆さん知ってますか?その名前はDHMO。
西岡Bookmarkの過去記事整理をしていたら、面白い記事が出てきたので考察し直し。
また君か。@d.hatena■[妄想][オタ] 勤勉さが無能を殺す
自分の欲望の身の丈に合うだけの力がない場合、常に不満が生じて人間は苦しい。(中略) 解決法はいくつかあって、まずひとつが「欲望に見合うだけ力を伸ばす」 (中略)次に「力に見合うぶんだけ欲望を削る」(中略)で、 最後のひとつが「めんどくさがる」。
あっはっは。ということで以下ちょっと考察。読み飛ばし推奨です。
所感
Googleは凄いけど怖くないか?という論調でした。
グーグルのグの字も知らない人でも分かる内容でした。個人的には知っている情報も多かったのですが、家族は驚き、そしておののいていました
(グーグル検索結果からの削除によって収益が70%ダウンした企業など)
日本ではグーグルの検索シェア首位はYahooなので(参考:Yahoo!がGoogleより人気の日本、
なぜと頭をひねる ? @IT)Googleの脅威があまり実感されませんが、アメリカではダントツ。
Googleのアメリカでの存在感を浮き彫りにしたドキュメントと言えました
(番組内容も米国の話がほとんど)
個人的には、これを見て初めてGoogleを知った人はGoogleをメインではつかわないだろうという印象。
Googleは日本における検索シェア奪回のために、NHKを利用しようと考えたんでしょうが、どうなんですかね。
以下、見ながらつづった内容のメモ。(内容抜けてる部分多いです)
全体としてNHKスペシャル「"グーグル革命"の衝撃」は、 誰にでも理解できるコンパクトで良質なものでした。ただいくつか疑問点も。Googleの恐ろしさをやや過剰に見せている感について。
あまりに分かりやすいドキュメントであったので、ちょっと反論を入れたくなりました。
2003年に出版された「理系白書」(講談社)の調査から始まった、日本における文系理系の生涯所得格差問題について、 あちこちで議論されていて、それについていくつかピックアップ。一番下に自分の結論に近い記事を挙げております。
もし、今記憶・思考能力はそのままに赤ちゃんのころから人生をやり直すとしたら、 いったいどのように人生を送るか考えたことありますか?実は私、考えたこと無かったので、ちょっと考えてみました。 長文エントリなんで暇な人向けです。
個人的に今一番注目しているWebサービスは「ニコニコ動画(β)」です。一言でいうと、
YouTubeなどの動画画面上に直接コメントを付けられるサービスです。以下の感じで。(マリオプレイ動画で死んだ事にツッコミが入ってますね)

上の動画は↓から見れます。ただのへたくそなプレイが面白く見える例。
「事実は小説より奇なり」っていうことわざがありますが、変な話だなあ、と思ったことは有りませんか?
だって、小説はSFとかもあるし、事実がそれより奇妙な筈ないじゃないですか。現実に縛られているんだから。現実はありきたりなニュースが毎日繰り返されているだけに思えますし。
でも、20ぐらいになって、小説より事実の方が実は奇妙だなあとおもうようになりました。
何故かって、小説は一人の中にある世界観で出来てるけど、世界は、それこそ何億何兆という生命の世界観の複合体です。そこから起こる事実は、一人の人間が書く小説の世界観じゃカバーしきれないなあ、と。そう思うわけです。
寺山修司の「書を捨てよ、街に出よう」という言葉は、つまりそういうことだったのかもしれません。
企業がブロガーに、宣伝のためお金を渡す行為については、44.5%が「反対」と答えた。理由としては、「お金をもらってブログを書いたのか、本当に書き手が良いと思ったのかがわからず読者の混乱を招くから」が79.8%で最も多かった。ただし、「賛成」が55.5%で反対を上回っている。その理由として「企業のために書いた記事の報酬を受け取るのは当然だから」が68.0%でトップだった。
個人ブロガーが既存メディアに対して、アメリカ並みに力を持ち始めそうな傾向が読み取れます。
さてさて、「わざわざ書くんだからお金もらって当然だろう」という意見と、「お金もらって書いた情報なんて信用が出来ない」という意見の対立のように見えますが、この意見は完全に立場が食い違っていて面白いですね。書く側が増えてきたということでしょうか。
さらに言うならば、「企業からお金をもらってるよ!」ってブログで開示してるならばOKだろうけど、そうでないならばNGとなるわけで、そこらへんの前提を明確にしてないと、統計の結果が曖昧になってくるところですね。
俺ですか?書いて企業からお金もらいたいですが、お金もらった記事を読むのは信用できないです!
ITmedia News:YouTubeをテレビで“ダラ見” はてな、Wii対応の動画サービス (1/2)
はてなは2月16日、YouTubeの人気動画をテレビのように見られる動画サービス 「Rimo」(リィモ)を公開した。 PCとWiiブラウザ向け新サービスで、アクセスするといきなり“番組”が流れる。 気に入らなければチャンネルをプチプチ変えるか、「→」ボタンを押して次の番組にスキップすればいい。飽きたら 「電源ボタン」を押して終了。Wiiブラウザを使ってテレビで見れば、まるでCMのないテレビ番組だ。
いやーえらいことになりましたね。CMのない面白コンテンツだけのTVがついに誕生ってやつです。最高! しかし明らかに著作権違反です。イエイ!以前友人の伊勢君が言っていた、 「TVと同じプッシュ型のネットサービス」一つの答えといえるのかもしれません。
nikki - ポール・ グレアム「賢くなる価値はあるの?」という記事があったのですが、なかなか面白かったので自分なりに要約してみようと思います。 このポール・グレアムという人は有名なハッカーで、エッセイストでもあります。個人的には、「結論ありき」で書かない、 書きながら考えを進めていく思慮深い文章を書く人で好きなエッセイストの一人です。結論がぶれぶれなのでまとめにくいってのはありますが。興味がある方は以下の本が面白いかもしれません。
| ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち | |
![]() | ポール グレアム Paul Graham 川合 史朗 おすすめ平均 ![]() 痛快です 思考経路に感動 案外、歴史的書物かもしれない エンジニアを組織、管理している立場の人間にぜひ読んでもらいたい。 共感!!Amazonで詳しく見る |
では以下、引用と要約がごっちゃになった記事の自分なりのまとめ。長文かつ、 試行錯誤しながら書いたエントリなので暇な人以外は読み飛ばした方がいいかもしれません。
私は優柔不断な人間です。それはもう全ての決断について。どんなことでも、それを実行する寸前まで常に悩み続けています。「これは本当に正しいのか?」って。でもそんなことを考えたって、そもそも「正しい」ってなんだよ、って話になるわけで、結局はあんまり何も生まないケースが多かったのです。
そこで「これは本当に正しいのか?」の代わりを見つけてきました。ソクラテスの問答法というものです。
1.それは明確か?
2.それは正確か?
3.それは包括的か?
4.それは道理にかなっているか?
5.それは知的に高潔か?
リンク先では、この5つの質問が更に具体化されて34の質問になっています。今判断を求められている方などは参照してみるのもよいのではないでしょうか。
innocuous idiot - どうして「デスノート」はあれだけ流行ったか? - 内田樹『下流志向』を読みながら思ったこと
上記の記事を読んで、ちょっと色々考えながら文章を書きなぐりました。長文ですし文体が荒れてるので、暇な人のみどうぞ。
人間は15秒前の自分の気持ちを理解できない
ということを土曜昼のTV番組で、東京スカパラオーケストラの作詞家の方がおっしゃっていて、なるほどな、と思いました。彼はそれを小学生の時に聞いて以来、フレーズが思いついたら即座にどんな場所でも必ずメモをするように心がけているそうです。
そういう意味では、人間という物は時間に対して連続的に存在している様でいて、実は断続的にしか生きていないのかもしれませんね。だって15秒後には、今の自分はある意味死んでいるわけですから。
最近なんだか落ち着きがないほど動き回ってるな、と考えることがあります。
例えば、休日は10年やってなかった家の掃除を毎週やってるし、色々な本を買いまくっては読み漁ってるし、 色々なIT関連ニュースを読んでは新しいWebサービスを試してみているし、プログラミング言語ばっかり勉強して、 PerlとRubyとかかじって、emacsとか導入したりランチャ導入したり家の照明変えてみたり。
正直、昔は全然ごろごろしてて掃除もしなかったし本も読まなかったり、 IT関連ニュースも読まず漫画読んでゲームやって酒飲んでの暮らしだったわけで。いつごろからこうなったのかを考えると、 多分本格的に業務が始まったあたりかなと考えます。
最近色々な本を読んでいます。前よりどんどん多くなっています。多すぎてここにレビューが書ききれない程に。で、読むにあたりどんどん読み方が速読になってきていて、通勤中に読んでいるだけだけど大体二日三日で読み終えています。これは以前の三倍近いスピードです。
※以下、専門的な用語が少し並びます。なんか嫌な予感がする人は読み飛ばすことをオススメします。
自分は例えば講義とか聴くときにノートを色々取るのが好きなのですが、それは自分にとって色々メリットがあるからです。それをちょっとまとめてみました。
・内容を再編集してノートに出すと頭にはいるから
・資料をもらったとしても多分捨てるから
・睡眠防止の暇つぶし
以下、それぞれについて解説
「お前らは下請けプログラマみたいな人間になりたいのか?」
僕の会社の人間の一人が話した言葉です。仮にAさんとします。その瞬間かなり激昂に近い気分になったんですが、なぜそうなったのかその場では、よくわかりませんでした。感情が高ぶりすぎてわけがわからなくなったんです。だからその人に何か言い返すことも出来なかった。で、家に帰る途中、考えて何であんなに怒りがこみ上げたのかやっとわかってきた。
「Aさんは自分の売ってるもの、つまりコードそのものを馬鹿にしてるんだ」
L.A.旅行詳細でも書こうと思うのですが、忙しくてどうもかけません。しかたがないので、
ちょっとアメリカ考察エントリでもアップしてお茶を濁そうかと。

以前から考えていたプロ/アマチュアの違いについて、面白い記事があったのでそれを元に記事書いてみます。
今やプロフェッショナルである必要はなくなった | 住 太陽のブログ
金銭的な報酬の多寡とは関係なく、価値の高いものを作り出す人々が、現実に多数存在しているのです。 そして彼らは間違いなく格好いいし、賞賛や尊敬を集めてもいます。オープンソースのプログラマーなどはその典型でしょう。この意味では、 「収益性だけを追求するプロフェッショナルな仕事」よりも、「収益性を度外視したアマチュアな仕事」のほうが格好よく、 より賞賛や尊敬を集めているように映ります。
脚本がつまらない芝居は、どんなにいい演出をつけてもどんなに稽古を頑張ってもつまらないです。同じ理由で、無茶な見積りで立てたスケジュールはどんなに頑張っても破綻します。
破綻しきった終盤に火消しとして巻き込まれるのは、精神的に疲弊します。最近はそんな日常です。
自分は、自分探しということばがあまりすきではありませんでした。
なぜなら、「本当の自分がどこかにあって今の自分は本当の自分じゃない」なんてことは有り得ないと考えるからです。じゃ今のお前はなんなんだよとイラっとする。サッカーの中田が世界二周旅行の動機を自分探しといったときにもイラっときました。
しかし、最近海外旅行にいって少し考えを改めました。環境や周りの人が変わると、自分も考えていなかったリアクションが自分から出てくる。ああなるほどこれが「自分探し」か、と。
そして、自分の嫌いなのは「本当の自分」探しなのだと気付きました。本当の自分なんか存在しない。全部自分だ。でも、意外と自分が知らない自分もいる。それが「本当の」自分だなんてことはあり得ないけれど。
だから、自分の知らない自分を探すのはそんなにわるくないもんでした。中田は「本当の」自分探しとはいわなかった。中田はサッカーフィールドにいる以外の自分を探しに行ったんだろうな、と、少し納得したしだいです。
俺は初めて映画館で嗚咽をかみ殺して泣いた。しかも二度も。前からいい映画だとは聞いていて、見ようとは思っていたがまさかここまでの作品だとは。ダイヤモンドが欲しい、もしくはすでに持っている人は、絶対に見るべきだと、自分は考える。アフリカの暗黒大陸たる所以を知らない人も。
1800円と2:30の時間だけで、それらのことを知る事が出来る。知識だけでなく、心で感じる事も出来るだろう。最大の効率をもって。最高のエンターテイメントとして。子供兵士。虐殺。内戦。難民。麻薬。HIV。そして紛争ダイヤモンド。それらほぼすべての事を、だ。たとえ今まで何も知らなかったとしても。
「ブラッド・ダイヤモンド」とは、「ラストサムライ」の監督が作成した、レオナルド・ディカプリオ主演映画の題名であり、そして「紛争ダイヤ」のことである。あなたが買ったダイヤモンドの代金がアフリカで武器を買う資金になる事を考えた事があるか?その背景も含めて、映画を見に行くならば是非ここの解説をみてから見に行くと面白さが数倍になるだろう。超映画批評『ブラッド・ダイヤモンド』85点(100点満点中)。いっておくが、映画の舞台であるシエラレオネの内戦は1990年代に起きたノンフィクションである。問題はそんなノンフィクションな舞台から最高のエンターテイメント映画が生まれた点だ。
さて、以下感想。長文嫌いな方は飛ばしてください。
タイトルの二つは二大慈善事業だと考えるが、どうも前者のほうが世界では優先されている気がします。それはおかしいだろ、というのがこの文の概要。以下長文です。
タイトルの事のようなことを、昔からよく考えてきました。そして最近、その思いは強くなりました。L.A.旅行のスラム街で命の危険を感じ、アフリカの暗黒大陸っぷりをこれまで無いほど見事に再現した映画「ブラッド・ダイヤモンド」(参照記事:「ブラッド・ダイヤモンド」鑑賞:「暗黒大陸」を最大効率で理解することが出来る映画 (西岡Blog))を見て、自分がいかに今まで食べるのにも困ってこなかったし、十分な教育を受けてくる事が出来たのかを、頭でなく心で理解できたからです。
価値とは「感じる」ことからしか生じない。論理からは生じない。どれほど高度な論理を積み重ねても、価値についてはいかなる論証も反証も不可能だ。
分裂勘違 い君劇場グループ - 劇場管理人のコメント - 「私」は一人しかいない。「人間」は掃いて捨てるほどいる。
つまり、「価値観の違い」は論理的に崩せるものではなく、お互いの価値観を「感じる」ことによってしか崩せない、ということですね。人間は、お互いの価値観を「感じる」ことは常に可能ではないため、世界中で戦争が起こり得るわけです。
引用元の文章と、その元記事も面白いので、時間のある方は是非。下の順番で読むのが正しい読み方。
1.分裂勘違い君劇場 - とてつもない奇跡
2.分裂勘違い君劇場 - 世界に一つだけじゃない花
3.分裂勘違
い君劇場グループ - 劇場管理人のコメント - 「私」は一人しかいない。「人間」は掃いて捨てるほどいる。
Google創業者のラリー・ページとセルゲイ・ブリンて、二人ともユダヤ人だったんですね。
セルゲイ・ブリン - Wikipedia
ラリー・ページ - Wikipedia
ユダヤ人だから優秀なのか、それともユダヤ人だからこそ同族から多額の資金援助をうけられてここまで発展したのかはわかりませんが。
最近たまに「僕らサラリーマンだからしょうがないよ」みたいな言葉を聴くことがあります。そもそもサラリーマンってなんなんだろう?とちょっと考えてみました。
ネット上で「ネットイナゴ」なるものについての議論が紛糾している。しかし個人的にみて、色々議論がまとまっていない気がするので、無理矢理まとめてみよう。整理のために。俺はバカだから超短くしかまとめられないよ!
○ネットイナゴとは
ブログなどを「炎上」させるネットユーザ達のこと
ネットサーフィンをしてたら以下の様な記事を見つけたので色々引用してみます。
僕はじいちゃんとかとよく話をするのですが、そのときに一番感じるジェネレーションギャップはお金にたいする感覚です。じいちゃんたちのお金に対する意欲や執着についていけないことがある。なぜだろうと考えてちょっと結論がでたので、オール明けの渋谷漫画喫茶からメモ書き。
僕は基本的に売り上げランキング上位の価値が結構好きだったりする。とくにロングセラー系のものである。自分は集合知を信用している。やはり偏りが無くて普遍的な価値をもっているものが多い。映画でも、本でも、マンガでも、ゲームでも、結構なんでもそうだ。
だから、自分はネットでのレビューや、ネットでの売り上げランキングを結構参考にしてものを買っている。
でも信用が出来ないときがある。それは「バイラルマーケティング」というものが介在したときだ。そしてそういうものに電通は非常によくからんでくる。つまり人間の意識していないところをこっそり電通がコントロールしているということが、日本では日常的に行われているのである。
さらに最近では、電通はインターネットのムーブメントにすら影響を与えだしている。
そんなことを以下の記事をみたとき思ったのだった。
電通が挑むメディア総力戦 【前編】 (ネットのあした):NBonline(日経ビジネス オンライン)
弱者とはまた、相対的な概念でもある。たとえば財力がものをいう場合においては、私は読者のみなさんの大多数よりも「強者」でありうるけれども、それが体力だったらむしろ「弱者」になる公算が高く、ましてやそれが「空気読みコンテスト」であれば、最弱者である公算すらある。だから、弱者を語るにあたっては、場を特定しておかねば話にならない。
以上をふまえて考えると、弱者を減らすには、以下の方法が考えられる。
1. 「場」の数を増やすこと。
2. 「場」の参加資格を緩和、または撤廃すること。
404 Blog Not Found:弱者不安社会の傾向と対策より
あまりに的を得ていた意見だと思ったので引用。名言カテゴリで。
みんなさー、私はだめだーとか、どんどん凝り固まって狭い世界にとじこもって一元的な価値観で縛られて、どんどんどんどん閉じこもっていく。それが今の日本だと自分は思っています。その極致が引きこもりなわけで。
そんな人生は幸せじゃないなあと自分は思うわけで。で、辛そうなひとの顔をみると自分も切なくなるのでなんとかなればいいのになあ、といって、副業占い師見習いやったりして、お節介をやいてうざがられたり、そんな日々を送る今日この頃です。
さて、今日から社会人復帰。夏風邪+猛暑でずっと家に引きこもってたので、むしろ今のところ会社のほうが居心地がいいというありえない状態。適度に働くのは身体的、精神的にもあんまり悪くないんでしょうね。リズムがでるから。やりすぎはOUTだけど。
で、久々に働いて、新鮮な感覚でいくつか考察したことがあるので以下にメモ。
・人間75%の負荷だと楽だけれど能力が衰える、100%だと普通だけど能力は成長も衰えもしない、125%の負荷だと成長するけれど疲れる、150%-200%ぐらいだと個人によっては潰れたり驚異的成長を遂げたりする。200%超えると皆潰れる。もしくは全て諦めてモチベーション大いにダウン。
・上におもねるのは生き残りの自己保身としては最高の手だけど(個人視点・短期視点)、それだと下が育たず未来がない(全体視点・長期視点)。生き残らなければ下は育てられないし、かといって下が育ちにくい環境を作るのも難しい。全てはバランス。答えなどない。ただ自分はたぶんあんまり自己を大事にしてないのと、短期視点は怖いので、後者寄り。
うーん。マネージメント寄りの考察になりました。でもまあマネージメントが成功するかなんて運ですよ運(暴言)。
仕事で壁にぶつかっておりまして(軽くデスマーチ)、ちょっと消耗中でございます。
さて、私は煮詰まったときどうするかというと、とりあえず漫画雑誌を買って電車内で読むことにします。なぜかというと、漫画を描いてる漫画家に励まされるからです。
たとえば今日買ったヤングジャンプだと、「TOUGH」での主人公の親子対決の心理描写や、「嘘食い」の突き詰めた心理戦、「いぬばか」で愛犬を失った飼い主の心理描写など、読んでいるだけで「書いている作家がどれだけキャラクターに感情移入して描いているか」が伝わってくるのです。それだけ彼らは本気で漫画を描いているし、だからこそ心にくる何かがある。それは自分が追い詰められた心理状況であるほど理解できます。と、同時に彼ら漫画家はどれだけ追い詰められた心理状況でこれらの作品の熱を生み出しているのかを痛感するわけです。主に胃の辺りで。
で、彼らもやってるんだ、俺もそれなりにやったろう。倒れない程度に、とか思います。励まされるんです。
日本の漫画は間違いなく世界に誇れる文化だと強く思います。
に習って、僕もちょっと人狼BBSから学んだことを書いてみようかなと思います。(人狼BBSについては、僕の過去のエントリー参照のこと。)
私はシステムエンジニアをやっており、頭脳労働をしております。よって、「なんか頭回らない」状態はかなり致命的であり、そのくせしょっちゅうその状態に襲われます。
なので、そんなとき色々な手を使ってなんとかしようとするのですが、そのなかでも「これは使えるのとちがうか」という手は以下の三つ
1.10分ぐらい睡眠をとる(出来れば13:00-15:00の間に)
2.糖分を取る(出来れば15:00前後に)
3.目・肩・首をマッサージする
Twitterと言うサービスがあります。
通称ミニブログとよばれるもので、「日々の呟き」をだれを相手、ということもなく書き込む事が出来る仕組みです。そしてそれに誰からともなく返事をすることも出来る。
僕はこのサービスを半年ほど利用していて、余裕のあるときに呟きを投下して、不特定多数の人と語り合ったりします。
そして、僕は日曜の午後、気分が凹んで以下のような呟きをTwitterに投下したわけです。
僕:毎日色んな工夫や努力や思考を重ねて、少しでも物事を改善しようとするけれど、そもそも改善なんて概念が本当に存在しているのか疑念に駆られてしまうことがある。全て無駄であるなら、何もする必要はないのか?そんな疑念は、多分僕の遙か前に行っている人などはもっと強く思ったりするのだろうか。
すると、Tatsuさんという方から返事が返ってきました。
Twitter / tatsu
とりあえずPC仕事ならキーボードから手を離さない。無駄打ちでもいいから打っては消し打っては消し。紙仕事ならペンを離さない。紙に向かい合い続ける。何故なら一度そこから離れると再開するのが大変だから。
という事を、TwitterでVoQnさんが言っていてなるほどなあと思いました。しかし、最近はエヴァ新劇場版といい、色んな記事で「あきらめないこと」をテーマにした記事を視ます。以下の記事もそんな感じ。諦めないベンチャーは死なないそうです。
死なないために
http://www.aoky.net/articles/paul_graham/die.htm
もっとも、絶望の中、諦めないことってもっともタフなことだし、そして一番キツイことなんですけどね。ちなみに絶望を認めないで無理をすると鬱になったりしますので要注意。
僕はSEなわけですが、システムの打ち合わせ中に上司が「日本語で話すと内容がぶれるから英語でやろうよ」と度々いいます。個人的には納得します。
英語は正確性の言語です。いちいち単語の前に"a"などの冠詞をつけたり、"a glass of"などの入れ物を明記したりなど、非常にしっかり物事をキッチリ記述します。大学や企業などでも、英語に関しては文法のミスが非常に厳しくチェックされます。「何がいいたいのか曖昧」などという状態はまず許されない。よって情報伝達のミスはかなり少ない言語でもあります。シンプルですし。
日本語は曖昧な言語です。言葉が色々な意味に取ることが出来ます。文法も曖昧ですし、全体的にbrokenな言語といえます。「なにいってるんだ、会社でそんな曖昧な言葉は使えないよ」という人は言いますが、英語ビジネス文書の正確性に比べればはるかに曖昧です。しかし、日本語の曖昧さにもいい点があって、人間同士の性格の違い、考え方の違いも言葉を曖昧にすることでぼやかせるのです。どっちとも取れる言葉を使うことで、両方の顔を立てる。そんなことをやったことはありませんか?
個人的には、使い分けが出来るとベストだと思っています。正確性を求められる製品会議では英語でミスを失くし、普段の会話は日本語でコミュニケーションの円滑化を図る(そういう意味では大阪弁はより「日本語的」とも言えるかも)
しかし、そんなに両方喋れる人間がいるわけもなく。
会社に泊まって仕事が終わるうちはまだ幸せなように思います。今の仕事はそんな感じでまだ助かってます。すごくやりたくないから胃が痛くて舌が真っ白だけど。問題はその先。力技で何とかならない領域の仕事。
どうでもいい話なのだけど「金持ち父さん、貧乏父さん」みたいな自己啓発系の本を読んでいると、大体の方向性として「人の行かない道を行け」系の話が書いてあることがほとんどだ。会社を建てろ、とか、勇気を出して飛び込んで行け、とか。
そりゃ個人で本を書くような人なのだから、既にその時点で「人の行かない道を行って」きた人であるのだろう。そしてその道いって成功しないとそんな本はかけないわけだから(成功して無いと説得力が無いし)、当然その人は自分の成功体験に縛られることになりうると思う。
よって、こういうやり方がいいんじゃないだろうかというのは、あくまでその人の経験が根拠であるということになる。まあそれはそれでいいんだけど。
正直たまには「人の行く道を行って」成功しましたよ的な話が書いてある本が読みたい気がする。でもそういう本て、たとえば大会社の社長の自伝とかになって、そういうのは結構つまらなかったりする。やっぱり個人勝負で自分の魅力を伝える、みたいなことに長けている人は「人の行かない道を行く」で成功したタイプなんだろうか。
個人的に自分は「人の行かない道を行く」タイプであるのだが、だからこそ「人の行く道を行く」という「平凡」という価値がとてもまぶしく見える。刺激的でないにしろ、家族をもって子供を育てるという生き方は、かなりしっかりした幸せなのではないだろうか。(当然、それ以外の選択肢も考慮した上で「平凡」を選ぶ、というプロセスがいると思うけど)
そういう意味で、映画クレヨンしんちゃんシリーズの、野原ひろしというのは非常にレアかつすばらしい「平凡な幸福」の体現者であるのじゃないだろうか。惜しむらくは、彼がフィクションであるということだけど。
最近、「Web業界に憧れるけど今の職場はそれにほど遠い」話や、マシン語や、組み込み系などの話をよく目にする気がします。
人月計算とExcelとスーツの世界より
増田の杜: 深海魚が空を見る
愚者のニュース - 深海魚が空を見る?はてな匿名ダイアリー
shi3zの日記 - マシン語を知らない子ども達
404 Blog Not Found:マシン語読みの言語知らず
なので、ちょっと二つの特徴についてまとめてみようかと。ちなみに、僕はWeb系開発にも興味がある組み込み系SEです。
日本のソフトウェア産業がアメリカ・インドなどのソフトウェア産業に負けていてマズイ、ということがよく取りざたされてます。(ソフトウェア産業の輸入額>>>>輸出額)
じゃあ今後、日本のソフトウェア産業には進化の目がないのでしょうか。自分はソフトウェア産業の一端を背負う位置にいるので、ちょっと考える必要があると思い、整理してみました。
「強くなれないという要素」
・日本人はハードウェア、という「モノ」を共通点にしないと理解し合えない?
→日本人は各々の考え方の違い、というものを「日本語」という曖昧さに守られて認識しておらず、お互いの論理構造を正確に把握するという作業に慣れていない
→ITにおいては日本人の集団作業における力は発揮されづらい?
→結局個々の力に頼らざるを得ないが、そういう文化風土ではない。
「強くなれるという要素」
・日本はいつも後追いで進化してきた。今はIT業界が新しく、完成度が低いからまだアメリカなどに遅れをとっているが、もうちょっとIT業界が成熟してくれば、自動車業界のようにアメリカのGMを追い抜くという形が可能になるのではないか?
確かに現状IT業界は個々の力によるところが大きいが、今後もIT業界は少数精鋭の小グループの塊でやっていくのがベストになりうるのか?Rubyなど、比較的容易に扱え、ソースによる情報共有が難しくない言語が浸透していけば、集団作業が簡単になるのではないか?
結論を先に言うと、「恐怖に囚われて行動をやめてしまった場合」がそれに当たる。
見通しが立っている、これはすばらしい状態に思える。何がいつどう起こるか、大体予測を立てて、最悪どんなことが起こってもフォローが効く状態に持っていくように見通しを立てる。あらゆる状況を想定して動く。それはとても大事なことだ。
しかし時にそれは、自分が行動しないための「言い訳探し能力」になる場合がある。見通しを立てようとあらゆるケースを想定するうちに、様々な障害が見えてくる。大抵それらは今の自分には突破不可能に見えるケースがほとんどだ。
しかしそこで行動を諦めてしまえば、見通し立て能力は、行動を止めるための言い訳探し能力へと変化する。
あらゆる状況を想定しつつ、見えてくるだろう沢山の障害に対して行動を止めない。今のところこれが自分にとっての最善手だ。障害を突破してもいい、迂回してもいい なんでもいいから目指す場所に行くための努力を諦めないことだと思う。
最近英語を和訳した本を読むことが多いのですが、その中に「人に奉仕することは大事」という文脈が多いです。
なんか大仰だなあ、と思っていて、じゃあ奉仕を英語にするとなんだろうと調べてみたら、「奉仕」=「Service」でした。
ああ、なんだ、「奉仕精神」って「サービス精神」のことかー、って思って、ちょっと安心したのでメモしておきます。
今回のお話は、経験、感覚をベースにしたお話です。なので異論反論募集中。
日曜の昼いいとも増刊号で、参加タレントが「恋人の年齢差いくつまで許容できる?」というコーナーをやっていました。で、タモリさんは現在62歳なのですが、35歳差までは許容できる、と言っていました。つまり27歳まで行けると。まわりは42歳差、つまり20歳まではいけるんじゃないかと予想してました。
で、それをみて、オヤジがボソっと「わかるわぁ…」とつぶやきました。
で、僕は一体何を根拠にそんなことをいうのかと問いつめてみたところ、表題のことを言うわけですね。「女の20歳はまだ十代のつもり、21歳はかなり衝撃的に、でも踏みとどまっている。で、22歳は、もう、あーあ、みたいな感じになる。それ以後の女の人でないと話すのは疲れる。」とオヤジはいうわけですね。オヤジは現在58なわけですが。
じゃあ男はどうなのさ、と聞くと、「20,25,30,35…と歳を実感する」というのですね。どこかで「男の誕生日ほどどうでもいいものはない」という意見があったのですが、ああ、そういうことなのかなと。
実際自分は今、24で、結構色々焦っております。人生を既定路線で行くか、新規路線で行くか、みたいな悩みです。で、もし表題の話が正しいと仮定するならば、自分の焦りにも理由が付く。妹はいま22歳で、自分以上になにか色々焦っているのですが、それにも理由が付きます。
客観視することで、行動のエネルギーが安定しちゃうのは善し悪しなのですが、なにか妙に納得してしまった日曜の午後なのでした。
こんな記事がありましたので、それを元ネタにつらつらと。
プラトンのソースから、二千年前から「最近の若者は…」と言われていたことが分かった。また、柳田・セイスのソースから、おそらく四千年前から似たようなグチが垂れ流されていたようだ。
「近頃の若いもんは」というのは自分の経験を肯定したいが故の発言とも取れる。そしてそれはあらゆる場所で見られる。多くの人間にとって、自分の経験はidentityになり得る。
そして、その経験が役に立たない状況に遭遇すると、 identity crysis を引き起こして自我を保てなくなる。よって経験に依存した identity を持つのは危険ともいえる。
でも人間はなんらかに identity を持たないと自信が持ちにくい生き物で、自信が持てなければ人間は生きていきにくい。自身の価値を証明する何者かが必要で、それが仕事であったり、お金であったり、家族であったり色々ある。
本当はその identity の役割を果たすのが宗教で、自身を肯定するために存在している精神基盤なのだけど、日本人にはそれが無い(ようにみえる)。よって宗教に属する人には、まるで無宗教はテロリストであるように感じられる。
山本七平は、そんな日本人は「全員『常識』という名前の日本教に属している」といった。努力をすれば報われる。人の和が大事。人間は皆平等。といった『常識』もしくは『良識』といわれるもの。 それが教義とされる日本教に属しているのだと。
例を出すと、ホリエモンが、なぜあそこまで叩かれたかといえば『人の和を尊ぶ』という『常識』から外れていたからだ。
しかし、この『人の和を尊ぶ』というものは曲者で、『人の和』が保たれるためならば『常識』はどんどんどんどん変化していく。『日本教』が明文化されて無いが故の現象。
どんどん自分が依存したい『常識』が変化するその中で、唯一積み上げられた(ようにみえる)経験に identity を持つのはある種当然の精神的防衛行為。が故に、どの時代の老人たちも『最近の若者は』という。そしてきっと僕らもそれに近い感情を覚えるのだろう。
しかし自覚が必要だ。「経験」は絶対的価値じゃない。自分の視界を狭める曇りガラスにもなり得る。問題は、「経験」に閉じこもるなと言うことなんだろうと思う。そうすることで、初めて「経験」が生きてくるのではないだろうか。
みたいなことを思ったので、「覚悟」という単語を引いてみました。
かくご 【覚悟】
(名)スル
(1)危険な状態や好ましくない結果を予想し、それに対応できるよう心構えをすること。
「決死の―」「危険は―の上だ」「―はできている」
(2)〔仏〕 悟りを開くこと。
(3)知ること。
「郎従小庭に伺候の由、全く―仕らず/平家 1」
(4)覚えること。
「本歌を―す/徒然 238」
(5)観念すること。あきらめること。
「がつきめ、御意ぢや―せい/狂言・武悪」
――の前
前もって十分に覚悟していること。覚悟の上。
「これらはもとより―にて侍れば/平治(上・古活字本)」
三省堂提供「大辞林 第二版」より
色々良くないことが起こる予想がされる場合、当然それを防ぐ為に色々手を打たなきゃならんわけですが、それらをどうやっても防ぐことが出来ず事態が崩壊にいく公算が高い場合、【覚悟】が必要になります。
【覚悟】は悟りとも諦めとも言えるもので、まあどっちにしろ「受容」ということになります。例えば、やったことが全部無駄になる可能性とか、最終的にどっか飛ばされる可能性とか、そういうものを全部受け止められるように心構えをしておく必要がある。
その極端な例が戦時中で言うところの「特攻隊の覚悟」、すなわち「自分の命を失うことに対する諦め」というもので、それはあちこちでドラマになり観るものの涙を誘ったりしています。つまりそれだけ「覚悟」というものは容易ではないということでしょう。
「覚悟」はもう、物事の方向性に対する迷いを捨て去るってことでもあり、あとは突っ込むだけになります。不安はなくなりますが、多分もう引き返せなくなる。そこを含めて「覚悟」をしないことにはもうどうしようもない時ってのは、あります。
そのとき必要なのは胆力とか、気力とか、そういった類のもので、そういったものを出す為には、ちゃんとご飯を食べないといけないなあ、と、そんなことを思ったりするわけでした。
今、「『関係の空気』『場の空気』」という本を読んでいるのですが、面白いです。レビューはちゃんと今度書くとして、内容の骨子を抜き出して書くと以下の通り。
日本語は、「空気」という名の共通認識をベースとした省略を前提とした言語。
→共通認識である「空気」を持たないもの同士のコミュニケーションで往々にして気まずくてコミュニケーションが成立し得ない、すなわち「日本語の窒息」現象が起こっている
→「日本語の窒息」状態が起こってしまうと、コミュニケーション不全が起こり、各々の抱える問題が解決されえないという現象が起こる。
→結果、自殺問題や、突発的な動機による殺人事件の多発が起こっているのではないか
まだちゃんと読み終わってないんで、理解し切れていないところもあります。が、日本で起きている様々な問題を「近年における日本語の機能不全」に落とし込んでいる、という着眼点が興味深いですね。
確かに日本では、共通認識=「場の空気」ありきの会話が繰り広げられることが多く、その認識を持っていない人間はつまはじきにされる傾向があります。(ex)転校生など)その共通認識を持っていない人に教えることもなくその気まずさは続く、ということですね。共通認識を持っていない人間は「空気」を用いたコミュニケーションが理解できずまたそれを使用することも出来ないからです。
集団の決定はほぼ「空気」によって行われる、という着眼点も面白いですね。その観点は山本七平氏の「『空気』の研究」と同じものではあるのですが。しかもその集団の「空気」による決定は、その集団が追い詰められていれば追い詰められているほど、論理的な決定からは離れていきます。(ex)戦艦大和の無謀な単艦出撃)
最近は「KY」という言葉がはやったり、「そんなの関係ねぇ!」というギャグがはやったりするほど、「空気」というものが強く認識されている世の中であると言えます。「空気」すなわち「共通認識」を「察する」ことがコミュニケーション上重要で傾向が強くなっている傾向があります。その上で、「空気」の利点を活かしつつ、「空気」に囚われることなく、「日本語」をうまく使うにはどうすればいいのか。色々考えながら読んでいます。
僕も社会人3年目(実業務2年目)に突入し、日々現実と理想の境目で暮らしております。そんななかで、 理想主義の人間と現実主義の人間が色々ぶつかるのを見たりして、色々考えたりするのです。
僕は職場に耳栓を持ち込んでいます。何故かというと集中したい時です。どんなときか。
かといって常に耳栓を付けるわけではありません。当然人と話したり、電話をしたりするときははずしています。 しかし一人作業をしているときもはずすことがあります。それはやるべきことが明確になっていないとき、です。それはどんなときか。
こういう時、僕はぼけーっとしてひたすらリラックスしたり、社内を散歩したりするのです。人間の脳がアイデアを発想できるのは、 リラックスしている時、つまりα波が出ている時だといいます。実際自分の感覚としてそうで、だから意識してリラックスしています。 そうしていると、あ、こうしてみようか、みたいなことを考え付くことが多いです。
そんなとき、耳栓があると、何故か思考があまりスムーズにアイデアを出してくれない傾向があります。これは私感なのですが、 リラックスしているとき、人間は外部刺激によって脳が活発に動くのじゃないでしょうか、と思ってます。 具体的にいうと、散歩しているときに聞こえる風の音や道路の車の音、景色をボーっと見たり聞いたりしている時、 問題解決のアイデアを思いつくことが多い気がします。
だから僕は煮詰まっているときは、耳栓をはずして、ボーっと考えることにしています。最近はよく煮詰まっていて、 故に常にボーっとしています。ダメ人間ですね。
最近は色々なところで色々な人の意見を聞く事があるのだけど、例えば会社を経営していたり、名の知れたプログラマだったり、 本を書いていたりするような人達の共通点として、人生に対するMotivationがやたら高い、ということを思う。
生きている上で「これをやりたい!」という動機がとても強く、そこに向かって一切手加減無く(周りから見るとそう見える。 本人はまだまだ全然だというのだが)全力を尽くしきる、という傾向を今のところ見ている。
では、その動機付けはどこから来るのだろう、という話をするときに、表題の話になる。危機感と承認感だ。
危機感は「このままじゃやばい!」というもので、いわゆる「火事場のバカ力」ということわざにも代表されるように、 人間を強く駆り立てるものだ。承認感は「自分は出来る人間だ」というある種自信にも似た感覚で、 行動する自分自身の先にあるものを信じて突き進むためには必要不可欠なものだ。
Motivationの高い人は、この二つを同時に持ち合わせているように見える。
つまり、「このままじゃやばい!」という非常に強い危機感と、それでもその不安にも「自分は打ち勝てる」 と信じて疑わない(途中色々自分を疑ったりすることがあっても、最終的には、という意味で) 承認感を同時に保ち続ける訳だ。
その生き方は「安住」という言葉からは程遠い。ある意味paranoia[偏執症]である。「これをやりたい!」の後に 「これが出来なければ自分は死んだも同然である」ぐらいなことを考えてる生き方だろう。
だから「自分には真似できない」としてそういうことをしない人も多い。それはそれで幸せな人生でもある。
それでも、「そこに山があるからだ」と語ったGeorge Herbert Leigh Malloryのように、「そこに金があるからだ」とか、「そこにコードがあるからだ」とか、「そこに紙があるからだ」 といったように、『何か」にparanoiaを引き起こしてその中で生きるという生き方は、やはり一つの憧れたりうる。
ここしばらく、自分の人生の生き方を、ずっと迷っている。
毎日毎日繰り返しの日々のように思えることがあります。同じ道を通勤して、同じ職場で同じ椅子に座り、 似たような仕事を様々こなし続ける。そんなことを繰り返しているのですが、 でも実は言うほど毎日同じでもないなあと、思うこともあります。
「好きを貫く」よりも、もっと気分よく生きる方法 - 分裂勘違い君劇場
上記の記事をよんで、色々考えてみる。
たまに悩み相談などを聞いていると、「何の為に生きているんだろう」という言葉を聞く事がある。で、たいていの場合、 その言葉の意味は「(こんなに辛い状況を耐えてまで)何の為に生きてるんだろう」 ということになるケースが多い。何故なら、生きていることそのものが幸せだと感じるならば、 「そんなの生きる為に決まっている」となるはずだからだ。
表題のことを気づかされた記事がありました。
このまえ、雑誌のインタビューで、「タイトルをどうやって考えるのか?」と質問された。どうやって考えるのか、 というようなことが言葉で「こんなふうです」と説明できるとはとても思えないが、「まあ、そうですね、3カ月くらいかけて、 200や300の案を考えて、そこから絞り込みます」と答えたら、驚かれた。
「考える」という言葉を非常に安易に使っている人が多いと思う。学生に「考えてきたか?」と尋ねると、「考えましたが、 ちょっと良い案を思いつかなくて」と言う。「じゃあ、悪い案を幾つか見せなさい」と言うと、きょとんとした顔で、「いえ、 悪い案も思いついていません」と言う。「考えましたが、まだ、ちょっとまとまらなくて」と言うから、「では、 まとまらないものを見せて下さい」と言っても、たいてい見せてもらえない。
こういうのは、僕の場合「考えた」とはいわないのである。
前から統計的に薄々思ってたんだけど、やっぱりなーという。
警察庁がまとめた平成18年の犯罪情勢。刑法犯の認知件数が15年以降減り続ける一方で、 暴行事件の検挙件数は10年前の約4倍に急増している。年齢別に10年前と比較した伸び率をみると、10代がほぼ横ばいなのに対して、 60歳以上(12・5倍)、50代(5・6倍)と中高年層の増加が際立つ。
原因の8割は「憤怒」だ。若者の凶行とセットで語られることが多かった「キレる」。豊富な社会経験を積み、 分別を備えているとされる大人たちが、怒りを抑えられず“暴走”するケースが増えている。
私の母はカウンセラー資格を取りつつ色々そっち方面の勉強をしてるんですが、昨日講演会の資料をちょっと読ませてもらいました。 そこには驚愕の式が!
ストレス溜まりやすさ=仕事の要求度の高さ×周囲のサポートの無さ×仕事の自由度の低さ
・・・あら、自分の置かれてる状況がかなりストレス溜まる様な気がする、なんてことを思いました。まあ、 IT業界だいたいそんな気もしますが。
愚痴っぽいちゃ愚痴っぽいかな。ここ半年ぐらい、ずっと井戸の底でPCと12時間向かい合って作業してるーって感じで、 ストレスは結構吐き気を催すレベルです。どげんかせんといかん。
個人として考える対策としては、ペアプログラミングあたりでお互いをサポートしあったり、 とにかくWBSによる作業のブレイクダウンを行って一人当たりの負担を整理したり出来るといいのかなと思ったりします。ストレス溜まると、 ホント頭回らなくなるですよ。んで皆思考停止→デスマーチみたいなね。まあ僕が置かれている状況なわけですが。
はてなダイアリーやはてなブックマーク周りで、 就職氷河期やロストジェネレーションの話題が出てたのでちょっと便乗。
就職氷河期とは、そこそこの幸せを望んだ人が、そこそこに排除されてしまった時代。
僕は3年前に就職した人間で、就職氷河期がようやく明けるか、といった段階で就職できた人間です。まだ寒いけど、 ようやく春っぽくなってきたのかも?という。今はリクルーターなんぞをやったりすると、 まあ今年の新卒は就職楽そうでいいなーと思ったりもするのですけれど。
そんな僕は、就職氷河期を大学時代傍目にみながら、恐怖に怯えつつ日々をすごしていたものです。
自分の年収を入力するだけで自分が世界で何番目にお金持ちなのかがわかる「Global Rich List」 というサイトがありましたので今更紹介します。二年前ほど前に話題になってたらしいのに気づきませんでした。
ふと今更ながら、ウェブ進化論で語られていた「高速道路」論を思い出して、 それについて思うことがあったのでエントリを書いてみる。「高速道路」論とは以下のようなもの。
「ITとネットの進化によって将棋の世界におきた最大の変化は、 将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。
でも高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きています」
(ウェブ進化論、p210、羽生善治氏の発言)
NHKドキュメント「プロフェッショナル 仕事の流儀」にウェブデザイナー中村勇吾さんが出るというのでがぶりついてみてしまいました。
中村さんのすごさは結構あちこちで有名で、国際賞を受賞しまくってたりしますが、そんなことよりも実際に作っている作品を紹介したほうがすごさが伝わると思うので、ぜひこちらのリンクから中村さんのプロダクトをご覧になってください。たぶん度肝を抜かれると思います。
続きを読む "NHKドキュメント「プロフェッショナル 仕事の流儀」にウェブデザイナー中村勇吾さんが出たので見たよ!" »
最近、このブログの方向性を思い悩んでおります。具体的に言うと、もっと技術的な話とかニュースに絡んだ話も書きたいし、 僕が良く見るTwitterやはてななどのコミュニティサービスについての話を書いていきたいと思うのです。
しかし問題なのは、それらの内容は前提知識が必要になる情報ばかりで、 身内は大勢置いてけぼりになるかなあなどということを思ったりするわけです。
先日あんなこと語っといて、次のネタはIT系でもなんでもないわけですが。以前こんな文章を読んで、 なるほどわかるなあと思ったわけです。
ブログの更新頻度が上がるのは、その反作用として猛烈に仕事があるからだ。
本当に忙しいときほど本業以外のことがしたくなる。
ロケットが推進剤(プロペラント)を後方に高速に噴出することで推進力を得るように、 なにかを進めるときには必ず反作用が起きている。
僕の集中力というのは、せいぜい持続して3時間。かなり集中しているときでも6時間が限界である。極端な集中状態を「ゾーン」 と呼んだりするが、一日に二回もゾーンに入ろうとすると、これはかなり厳しい。
ゾーンにいることは相当な疲労を伴う。だからふつうの日はゾーンに何度も入らないようにしている。
しかし忙しいとゾーンに何度も入る必要がある。
そこで、ゾーンとゾーンの間に休憩を置くわけだが、休憩を効率的にとるためには、本業と別のことで頭を使うのが良いと思う。
肉体的な運動をした後に整理体操が必要なように、頭脳的な負担のあとには整理思考が必要なのだ。
だから僕のブログが長いのは、長ければ長いほど、その反作用として仕事をしていた、ということが多い。
今回の秋葉原通り魔事件。自分と同年齢ということもあり、原因について色々仮説を考えてはいた。
しかし、色々仮説はあるけど確信が持てない。そんな仮説なんで自分をスッキリさせるためのものなので当然のことだけど。 なので語れないなーと思ってたら以下のようなmixiトピックを見かけた。
以下、[mixi] 1983 | 秋葉原の事件の犯人僕らとタメ という1983コミュニティのトピックの冒頭。
正直、犯人のツラみて「オイこれ本気でタメか?誤報じゃね?」って
最初にボクは思いました。だってすごい老け顔なんだもの。僕らの世代は2000年に起きた西鉄バスジャック事件や
大阪の酒鬼薔薇事件、バタフライナイフ、心の闇、キレる10代
なんてワードで括られることが多い世代なわけです。
(あとエヴァンゲリオンなんてのもありましたね)
ソイツらが今、25歳を迎え、尚こういう事件が起こる。
(中略)純粋に、皆さんはどう思われましたか?
社会人になると、やる気と時間が有限であることを毎日のように思い知らされる。自分などは、色々な意味で無理が出来ない性格であり、 根が詰められないだらしがない性格なのでなおさらだ。どんなにやることがたまっていても、おなかが減っていたり、 睡眠不足であるならばまずそちらを優先する。
この間、 日本IBMで部長をなさっており、 Tmediaブロガーでもある吉田けんじろうさんと、フリーライターである有村悠さんを中心として、 初対面20人ほどで集まって飲みました。いわゆるオフ会ですね。そこで吉田さんが 「一週間に数回のペースで20人単位の初対面の人と飲む事にしてる」と聞き、驚愕しました。
そして思いました。考えてみれば、これはプッシュ型の情報インプットとしては凄まじく効率的かつ有効な手であると。 この仮説を「吉田メソッド」と定義し、ちょっとブログで整理しようと考えています。
「吉田メソッド」を一言で定義するなら、「初対面の人間との飲みを頻繁に行う」という、 最大限効率のプッシュ型情報収集方法論です。
なぜなら、最も濃い情報Feedは人であり、かつ人は、 初対面という状況×酒と食べ物×コミュニケーション能力が噛み合った時、 最大限にプッシュ型の情報Feedとなりうる=自分の認識できる世界を最大効率で広げることができるからです。
そしてそのメソッドを有効に使用できるのは、 本やRSSリーダー読みまくってプッシュ型情報メディアに飢えてるそこの貴方です。(そういえば、 吉田さんも活字マニアで一週間2,3冊ペースだと言っていました)
昨日jPostした情報収集の最効率化 - 「吉田メソッド」 (西岡Blog)ですが、ありがたいことに6/23 21:30時点で
という注目を頂き、他にもTwitterで様々なご意見を頂いております。ありがとうございます。
そもそもの記事目的が「吉田メソッド」という仮説の定義と、その整理でした。そのため、 更に各種意見を頂くことで、コメントを沢山もらうことでより仮説の整理が進みました。ありがとうございます。実際、 前エントリはある種極論でありました。コメントを頂くことで、より整理されてくると思います。
せっかくですので、現時点で頂いたいくつかのコメントにコメントしてみます。
クラブイベントPerfumeNight#2に行って来ました。超満員。しかもあまり普段はクラブにこなそうなタイプ、ある種地味というか、普通のアイドル好きみたいな人もかなりいました。はーなるほど、クラブイベントも敷居が下がったなと思いました。そしてこれはすばらしいことだなと。
なぜなら、クラブイベントの楽しさの本質は音を楽しみそれにあわせ踊ることであって、その敷居が下がったのは、かなりいいことだと思うからです。
その敷居とは、即ち暗黙的ドレスコードであり、「クラブ文化」なるものであったのではないかと。
その理由を整理するために記事を書いて見ます。なお西岡はクラブイベントにもアイドルにもとんと素人であり、まったくもって頓珍漢なことを言っている可能性もあります。もし目に余るところがございましたら、コメント欄などでご指摘いただければ幸いです。
(08/07/07 0:15追記)
この記事は080704時点で「アーカイブページから過去ログが10前後しか見れない」という状況を基に記述されていますが、現状解消され、過去ページも見られるようになっています。また、080706時点で、ceekzさんがWassrにおけるTwitter検索ともいえるWassr 検索を作成なされました。
結果、現状Twitterの優位は、ほぼユーザー数の差というネットワーク外部性要因だけになっているともいえます。今後の展開が注目されますね。
以下080704に記述した元記事です。
Twitterというミニブログサービスがあり、僕はそこをおよそ10ヶ月ほど使い続けてきました。(twitter/raitu)しかし、最近はあまりにユーザが増えすぎて、とてもサービスの調子が良くありません。(「Twitter」は生き残れるか--度重なるサービス障害をめぐる疑問:スペシャルレポート - CNET Japan)
そんな折YappoさんがTwitterはもう終わった、wassrやってなくて良いのは幼稚園児までだよねというのでwassr使ってみました。
(追記 2008/7/17 21:15)
今回取り上げた3つの統計の信憑性の薄さについて、二つのサイトからご指摘をいただきました。ありがとうございます。
調査会社出身の私が、WEB上の数字について一言★ - Out of Order.
具体的には、統計の裏にいる顧客にIT業界があるものは信憑性が悪くなるということと、データにそこまで有意差を感じない、他、いくつか、ということでした。
統計の扱いがあまりに下手で、申し訳ありませんでした。タイトルも良くなかったですね。というかIT業界の現状を正確に出した統計はいったいどこにあるんでしょうか。これからも探します。
このエントリで一番伝えたかったのは「学生が過剰に怯えるから(てか昔僕が怯えてたから)、IT業界最悪的な事を、他の業界も知らずに無根拠に言わないで欲しい」ってことだったんです。
IT業界における心の問題については、また別エントリーで。
(追記2 2008/7/18 12:30)
elasticaさんより厚生労働省:平成18年賃金構造基本統計調査(全国)結果の概況 という統計の情報をいただきました!感謝です。これならば少し信憑性の高い産業別賃金体系は判るはず。で、とりあえず若手といわれる25-39歳の賃金平均をグラフ化してみました。
これを見ると、やはりIT業界の問題は賃金問題、というよりかは労働時間の長さや、テクノストレスの問題なのではないか、と考えられますね。
あと、これだけは納得いかないのでコメント。
yuki_neko_nyan ?統計で現場がわかった気がするわけですね。脳が沸いてるんですね
なぜ納得いかないか。
まず、これは「現場」を理解するためのエントリでないことが一つ。もう一つは、yukiさんの「現場」はわかりませんが、僕の「現場」もyukiさんはわかりませんし、ましてや他業種の「現場」もわからないはず、ということです。
yukiさんが見えている「現場」が全ての「現場」であるかのような物言いは、傲慢ではないでしょうか。僕はTokyo-Emacs#1に参加し、yukiさんのプレゼンの判りやすさ、Emacsの見事な使いこなしを見て、尊敬の念を抱いているだけに、そのコメントは残念に感じています。
僕の「現場」を語るなら、僕は組込系のSEなのですが、実際今の仕事は好きです。開発が小規模なので、要件定義/設計/実装/テストに全て携われるのも大きい。そりゃアセンブラやバイナリの海にうんざりすることもありますし、古くさいテストシステムを使うときは嫌になります。でも、C#のテストライブラリが構築されたり、僕自身もC#でツール作ったり、WikiやBTSを導入し効率化したり、いろいろやっていますよ。給料もそこまで悪い訳でなく、休日出勤も忙しいときにやるぐらいです。こういう「IT業界」もあります。
以下、本文です。
先日このブログでもレポートを書いた「IT業界は本当に泥のように働かされるのか」カンファレンス略して「泥カン」 なのですが、どうもネット上での言論が妙な流れに行きつつあるので、さすがに言及するべきと判断し、 エントリを書きます。そんなことないだろ!という炎上も覚悟で。
この記事は、出来るだけ多くの人に見てもらいたいし、たくさんの意見が欲しいので、はてなブックマーク登録アイコンを設置します。
たとえば、頭に浮かぶ仮説を書きたいなら、自分のブログに書けばいい。ブログに書くのが躊躇われる仕事の愚痴的な体験談は、 たとえばmixiをはじめとするSNSに書けばいい。
でも、恋愛話は、どうも自分の名前で書くのは躊躇われる。
オフ会初心者によるオフ会初心者のためのライトニングトーク - riywoの日記 - はてなグループ::ついったー部に参加してきました。
そこで、表題のテーマでLightning talkを行いました。せっかくなので公開します。
これは、僕がリクルーターを数年行う中で、学生さん達に何度も説明してきた内容をまとめたものになります。
これから就職活動を行っていく学生さん達は、いっぱい大変な事もあると思います。西岡は、そんな学生さん達を結構本気で応援しております。
間近に迫った衆議院総選挙。本選挙は、解散(7/22)から公示日(8/18)までの期間が戦後最大ということもあり、日本における史上最大のWEB選挙となりました。
今の日本で4000万円ほど世代間格差が広がり若年層が大ピンチなのは、若年層の低投票率も一因になっているため、個人的に今回の選挙は盛り上げたいのです。そこで、WEBで政治を楽しむためのサイトをいくつかご紹介します。
気づけばブログに何も書かずに一年以上経ってしまった。毎日お盛んにTwitterはやりまくっているのだけど、結果としてブログはまるで廃墟のようになってしまった。今となっては「西岡一樹」でGoogle検索するとこのブログが出てくるようになってるのにこんな体たらくでは全国の西岡一樹さんに申し訳が立たない。
参院選のネット絡みの話でも書こうかと思っていたのだけれど、そうすると前回のエントリも政治関連と言うことで、まるで政治ブログのようになってしまう。それは避けたい。なのでたまには雑文でも書いて肩慣らしでもしようかと思う。なので内容は特にない。
たまたまこんな記事を見つけた。
シンガポールの様に、最高所得税率をががっと下げて、株式売買益に掛かる税金を0にして、その上、最先端の企業は税制優遇をして、やれば、高層ビルが有ろうが無かろうが、東京は嫌でも国際金融都市になりますよ。そんな事したら帳尻が合わなくなってしまうから出来ませんけどね。シンガポールや香港みたいにガンガン誘致出来る独裁的政体が同じような時間帯にある限り、東京の目は無いやね。もちろん、東京はこれからも重要なアジアの都市でありつづけると思いますが、金融センターには、もう、なれない。でもそれはしょうが無いですよね。いろいろな考えがあると思いますが、大体の方は、金融都市になる代償に、日本を格差の開いた自由の少ない国にしたいとは思わないでしょう?僕もそうは思いません。
それでも、金融都市にしよう、しよう、とか騒いでいる人がもし居るのなら、その人は、ほんとに金融都市にしようってんじゃなくて、意味の無い投資を国や自治体や私たちにさせて、そこで、うまい汁を吸おうっていう人だと思った方がいい。
東京は、もう、ロンドンの横にあるパリみたいに、文化都市として生きていくのがいいんじゃないかなあ。
勤めていた外資金融の会社が、東京から香港に移転する決定をしたので、東京に残るために転職した人はそう思いました。
まあ実際その通りなのだろうと思う。まだ海外はアメリカ西海岸とタイとオーストラリアとシンガポールにしか行ったこと無いけど、大体自分の直観と一致する。
東京というのは文化都市なのだろうと思う。例えば、シンガポールは金融都市として成功しているけれど、あの国に住みたいとは思わない。
僕は経済が豊かな国に住みたいのではなく、文化が豊かな国に住みたいのだ。文化が豊かと言うことは何か。生の楽しみの種類が豊富だということだ。食の種類でもそうだ。スポーツでも、漫画でも、本当に色々なものがそろっている。
僕は何のために生きているのかと言えば、豊かに生きるために生きているのがメインで、ついでに何か仏陀みたいに悟りを得られれば尚良いし、ついでに日本の電子政府も一位にできれば尚良いと思っているが、やっぱり豊かに生きるというのが人生の最大目的だ。目標指向型とはとても言えず状況対応型の典型例である。
人生は楽しむ事だ。楽しみというのは定年までとっておくものではない。そんなころまでとっておいたら楽しみ方など忘れてしまう。だったら今楽しむことだ。
豊かに楽しむためには苦しむことも必要だ。豊かさとはコントラストであるからだ。コントラストとは色彩が豊かと言うことで、人生の苦しみも色彩の一つなのだ。
プラネテスという漫画で僕が好きな台詞として「全部オレのもんだ。孤独も苦痛も不安も後悔も、もったいなくてタナベなんかにやれるかってんだよ。」っていうのがあって、それはまた極論ではあるのだけれど、しかし苦痛すら彩りにはなり得るのだと僕は思う。当然、それ一色に染めてしまうのは本末転倒であるし、それは全く豊かではないのだけれど。
そういう意味では僕は日本の自殺率の高さすら豊かさの象徴なのだと考えている。「自殺を選べる」という豊かさがそこにはあるのではないかと考えている。根拠は日本より自殺率が低いはずのアメリカの鬱病率の高さだ。二倍以上高い。これは一体どういう事だろう?なぜこんなに鬱病者が多いのに自殺率が低く抑えられているのだろう。
よく言われるのが宗教上の理由だ。例えばアメリカにはキリスト教信者が多い。キリスト教において命は神から与えられたものであり、よって自殺によって命を自ら奪う行為は宗教上全く許可されない。一方、日本は大多数が無宗教ということになっており、少なくとも明文化された宗教はなく、よって大多数の人間は宗教上の理由で自殺する自由は奪われていない。
つまり生きていく上での選択肢が豊富ということであり、いつでも死ねる、ということはつまり自由であり豊かと言うことなのではないかと考えている。
まあこれは個人の見解であり、他にも日本には死んだ人をうるさく言わない文化とか、自殺要因については色んな話があるのだけど、まあそれは「文化」による「人生の豊かさ」みたいな話から少し逸れてくるので割愛する。
そんなわけで僕は日本という国は豊かに生きよう、という目的の上でみるなら極めて高い水準で豊かさを実践できる国ではあると思うし、確かに再挑戦が難しい、みたいな話はあるにせよ、そこらへんは上手くバランスを取りながらやっていくことは不可能ではないのではないか。なにより定年以後に楽しみをとっておく、みたいな生き方はどうにも止めた方がいいのではないか、っていうか自分は絶対しないことをここに宣言する。
まー最近では?ホームレスとしての生き残り方までネットで見付かる時代ですので、再挑戦難しいですねといってもいざとなってもいくらでもやりようはありますし、知識によりやり方の選択肢を増やして目指せ美味しんぼのホームレスグルマン辰さん(デパ地下試食の達人)ということです。知識共有社会万歳ということで、ますます世界は豊かになりますし、僕らは本当にいい時代に生まれましたね。
成果は知識と想像力によってその限界が設定されますので、ネットによる知識共有社会においては知識はいくらでも取得出来ますし、元ネタとしての知識は多ければ多い程想像力も加速させることが可能ってもんで、成果の限界は過去に比べればまるで無制限という勢い。この場合の「限界」は「成果」の幅広さによってその無制限さが表されているという話です。
僕は人生を楽しみ苦しみ豊かに彩り、死のうか迷える自由さに心震えながら今後も色々豊かに生きて行けたらと思いますし、十年後の僕がなんて恥ずかしいことを書いたんだとこの文章を読んで赤面する有様をメタ的な立ち位置から目の当たりにすることを楽しみにしています。
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