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自分探しの是非

自分は、自分探しということばがあまりすきではありませんでした。

なぜなら、「本当の自分がどこかにあって今の自分は本当の自分じゃない」なんてことは有り得ないと考えるからです。じゃ今のお前はなんなんだよとイラっとする。サッカーの中田が世界二周旅行の動機を自分探しといったときにもイラっときました。

しかし、最近海外旅行にいって少し考えを改めました。環境や周りの人が変わると、自分も考えていなかったリアクションが自分から出てくる。ああなるほどこれが「自分探し」か、と。

そして、自分の嫌いなのは「本当の自分」探しなのだと気付きました。本当の自分なんか存在しない。全部自分だ。でも、意外と自分が知らない自分もいる。それが「本当の」自分だなんてことはあり得ないけれど。

だから、自分の知らない自分を探すのはそんなにわるくないもんでした。中田は「本当の」自分探しとはいわなかった。中田はサッカーフィールドにいる以外の自分を探しに行ったんだろうな、と、少し納得したしだいです。

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コメント (2)

ひーじー:

小学校の頃考えたことがあったなあ。
自分とは何かって。
その答えはわかりませんでした。
今もわかりません。

西岡:

>>ひーじー
至極簡単ですよ。
あなたはあなたです。
それ以外ではあり得ない。

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2007年05月19日 18:05に投稿されたエントリーのページです。

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