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賢さvs頭の良さ(Wise vs intelligence)

nikki - ポール・ グレアム「賢くなる価値はあるの?」という記事があったのですが、なかなか面白かったので自分なりに要約してみようと思います。 このポール・グレアムという人は有名なハッカーで、エッセイストでもあります。個人的には、「結論ありき」で書かない、 書きながら考えを進めていく思慮深い文章を書く人で好きなエッセイストの一人です。結論がぶれぶれなのでまとめにくいってのはありますが。興味がある方は以下の本が面白いかもしれません。

ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち
ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たちポール グレアム Paul Graham 川合 史朗

おすすめ平均
stars痛快です
stars思考経路に感動
stars案外、歴史的書物かもしれない
starsエンジニアを組織、管理している立場の人間にぜひ読んでもらいたい。
stars共感!!

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では以下、引用と要約がごっちゃになった記事の自分なりのまとめ。長文かつ、 試行錯誤しながら書いたエントリなので暇な人以外は読み飛ばした方がいいかもしれません。

 


 

  • 賢さというのはさまざまな状況下で何をすべきか知っていること。
  • 頭の良さというのは、他の誰しもがどうしようもない状況で何をすべきか知っていること。
  • つまり「賢い」は成果が平均して高い、「頭がいい」というのはいくつかの状況で飛びぬけてすばらしい成果。
  • 現代において私たちの能力は幅のずっと広い状況下で試されている。知識の特化が進んだためだ。 よって現代において賢さと頭の良さは分離している。二つを同時に得る事が難しくなってきている。
  • つまり具体的に言うなら、とても頭のいい人が賢くないことをするというのは、 いまやポピュラー文化では例外というよりは常識扱いになっていると思われるほどだ。たぶん上の空の教授は彼なりに賢いというか、 見かけよりも賢いんだろうけれど、それは孔子やソクラテスが求めた賢さじゃない。
  • さらに具体的に言えば、つまり相談をされたときならば古代の賢さが今でも役に立つ。(出来る限り状況を把握すること、 経験に基づいた一番いいアドバイスを行うこと、できることをやったらもうあとは気にしないこと)
  • しかし、相談されてそれに答えるということは「新しいことを発明をしていない」。 新しい事を発明しないならば普遍的な成果を出すための能力、つまり「賢さ」で十分である。がしかし「新しいことを発明」 するためには頭の良さが必要になる。
  • どちらかを選ばなきゃいけないと言うことを具体的に言えば、賢さは大部分が子供らしさを治すことで得られるし、 頭の良さは子供らしさを養うことで得られる。賢くなるためにはしつけが必要で、 頭がよくなるためには注意深く選択された身勝手な振る舞いが必要だ。
  • 賢さは普遍的だけれど、頭の良さは個別的だ。
  • それに賢さは平静を生み出すけれど、 頭の良さは大抵不満につながる。
  • 賢さは幸せになるためのものだけど、頭の良さは必ずしもそうとは限らない。(物理学者の友人が最近話してくれたけれど、 学部の半数の教員はプロザック(抗鬱剤)を飲んでるそうだ。)
  • しかし、頭が良いということは幸せになれないということなのか?もしかしたらそれは、 単に速く走りすぎて疲れているだけのことかもしれないよ。

 


 

自分にとって、頭が良いとか、賢いってことは、「真っ暗闇の世界を見渡せる光を持っている」 って事だと思っていて、どこをどう歩いたらいいのか見当が付くってことです。で、自分は頭が良いとか、 賢いという類の人間になりたいと思っていて、なぜなら真っ暗闇の世界が怖いからです。で、 出来たらリスク分散のためにあらゆるケースでの光があったほうが幸せになれるしなりたいと思っていて、 それは引用記事でいうところの「頭が良い」より「賢い」人間になりたい、という事になります。

しかし、ポールグレアムはこんなこともいっています。

そんなに賢くなくても頭がいいというのがあるのと同じで、そんなに頭がよくなくても賢いというのもありうる。 これはあんまり賞賛に値するとは思えない。ジェームズ・ボンドがこれだ。いろんな状況下で何をすべきかしっているけれど、 数学が必要になるとQに頼らざるをえない。

つまり爆発的な何かをもっていないけどそつなくこなせるのは格好いいのか? ってことでもあると思うのですが、つまりリスクを負わずに人生を過ごすことは賞賛に値しないだろう、という意見です。でも、 世の中はどんどん変わっていくし、特定の状況でもの凄い出来ても何年後かには使い物にならなくなる、 みたいなことが自分はとっても嫌で、それはどうなのかってことです。つまり自分は10あるうち9は失敗するけど、 成功すれば通常の10倍以上の収入を得られるベンチャー企業の起業は例えばむかないのかもしれないなあ。

でも、人間は生き延びる為に生きている訳ではないんだろうし。色々考えるところでありますね。

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